2015年7月3日金曜日

物を捨てる悩みは人類史上初?

物を捨てるというのは大変なことです。

 「戦争中の物のない時代を知っているから捨てられない」というような言葉を時々耳にしますが、高度経済成長期に育った我々の年代でも、捨てられないのは同じです。

 そもそも、生命の進化の過程で有り余るほど物が溢れていた時代があったのでしょうか。
 
 食料にしても常に足りないのが普通で、病気になるほど食べ物が溢れている環境は、ほとんど無かったことでしょう。ですから、あればあるだけ食べようとするのは生存のために必要不可欠な本能で、ダイエットで痩せるということが難しいのは当然だと思います。
 食料以外の生活物資や家財道具も同じだと思います。あればあるだけとっておく、もらえる物は何でももらっておくのが生存のためには当然正しい選択でした。

 しかし、今や増えすぎた物が限られた生活空間を埋め尽くし、人の暮らしを豊かにするはずが、かえって圧迫するようになってきました。
 せめて不要な物だけでも捨てよう。「でも壊れた物ばかりではないし、何かの時には使えそうだな~。もったいないな~。リサイクルできないかな~色もキレイ、形もかわいい。思い出が…」。
 捨てさせまいとする側はすでに感性、感情にまで進化していて体に染みついています。
 一方、捨てる側は「不必要になった理由や理屈」を並べるのがやっと。まだ歴史が浅く、頭で考えているレベルです。これでは勝ち目はありません。
 最近、「ときめき」を基準に物を捨てるという本が流行っているそうですが、これは捨てる側も感情に訴えるという意味では、画期的な発明と言えるかもしれません。

 「物を捨てられない」のは、何億年もの進化の過程で身についたDNAのなせる仕業だと思います。
 もしかしたら、物を捨てることで悩むのは「人類史上初」ということになるんでしょうか?

2015年5月2日土曜日

老化への対応は早め早めに

 先月、父が81才で他界しました。10年近くにわたる介護の経験から、「どんな対応をするか」ということだけではなく「いつ対応するか」つまりタイミングが意外に重要だと思いました。
 
 医師の診断が下り、ある程度の期間にわたって介護が必要となることが予想されました。その時私が、両親の住む家を改築して「介護に適した部屋を作ろう」と提案したところ、意外にも父に「今でさえ夜中に起きてここがどこだか解らなくなることがあるのに、これから家をいじるのはよしてくれ」と言われました。
 必要に迫られてからでは時すでに遅し。頭も体ももう少し若いうちに準備しておくべきでした。
 
 それではせめて玄関の上がりかまちの段差を少なくしようと、踏み段を置いたところ、たちまち転倒してしまいました。幸い怪我はありませんでしたが、父にとっては「上がり下りのしやすさ」よりも「慣れ」の方がはるかに大きな要因だったと気付かされました。
 
 あちこちに取り付けた手摺は有効でしたが、これも時々「ここに手摺があるよ」と言ってあげないと、気付かない場合がありました。
 
 一方、早めの対応が功を奏した事もありました。
 
 介護生活が始まって間もなく、父の通院の途中で、母が運転中に事故を起こしました。幸い二人とも軽傷の自損事故で済みましたが、一つ間違えば…。私は悩んだ末に運転をやめてもらいました。
 無理をしなければまだまだ自分で運転できた母は残念そうでしたが、1年ほどすると「むしろよかった」と言ってくれました。
 
 それはバスやタクシー等を利用するにも、それなりの適応力が必要だったからです。「その気になればまだ自分でも運転できるくらいの能力があるうちでないと、新しい(?)交通手段にも対応できなかっただろう」ということです。
 
 年をとってからこれまでの習慣を変えるというのは簡単なことではありません。家の改修に限らず、専門医の選定、公共交通機関や介護サービスの利用など、「老い」への対応は、変化への適応力が残っているうちに家族で良く話し合い、早め早めに対応していくことが大切だと思いました。
在りし日の両親 2014年8月 群馬の森にて

2015年4月4日土曜日

住宅の「無用の用」

高校に入学して間もなく、漢文の授業で、「無用の用」という老子の言葉を習いました。
「役に立たないように見えるものが、かえって大いに役立つこと」という意味です。
 
 例えば、器といえば、陶器や木、ガラスや紙の茶碗やコップなどを思い浮かべますが、実際に食べ物や飲み物を入れるのに役立っているのは真ん中の空洞部分です。
 普段は意識することもないただの凹みが、実は大切な働きをしているということになります。
 
 住宅にも同じ事が言えます。
 通常、私たちはは柱や床、壁、天井、窓など、目に見えるものだけで住宅を捉えがちです。しかし、人はシロアリやネズミのように柱や壁の中でコソコソと暮らしているわけではありません。
 実際に私たちが暮らしているのは、柱や床壁天井、窓などで作られた空洞部分、つまり室内空間なのです。 


 我々建築業者が基礎をつくり、土台をまわして柱を立て、梁を渡して屋根を掛けているのは「何のため?」と言われれば、「空間をつくるため」に違いありません。
 
 ということは… 我々「建築屋」は「空間屋」ということになりますね。

2015年3月6日金曜日

水槽に学ぶ「住まいの環境」

 会社のロビーで大きな海水魚水槽を始め、11年が過ぎました。
 現在、縦横60cm、長さ1.8mの水槽で、16匹の魚とナマコ、イソギンチャク、サンゴ達が元気に育っています。
 餌やりの他に毎日バケツ2杯分の水換え、毎週休日にはガラスや浄化装置の掃除、その他人工海水を作ったり、照明や殺菌灯、ポンプのメンテナンス‥。
 コツコツと11年も続いたのは、魚やサンゴが可愛くて美しいというだけでなく、水槽の管理は家づくりと共通することが多いからです。
 中でも私が最も勉強になると感じているのは石のレイアウトです。
 

魚たちの「秘密基地」

 水中を泳ぎ回っている魚たちも、夜間や異変を感じた時は、たちまち石やサンゴの陰に隠れてしまいます。また、時として寝床となる石の窪みやトンネルの縄張争いで激しいバトルを繰り広げます。
 どうやら我々が普段、空気に棲んでいるとは意識しないように、彼らも水を意識することはなく、石や砂、サンゴに住んでいると感じているようです。
 
 そこで、それぞれ個性的な彼らがどんな「秘密基地」を必要としているのかを観察しました。
 親分肌のキイロハギには体に見合ったやや大きめの竪穴洞窟が必要なようです。
 人間のように横になって寝るナンヨウハギは体をはさんで固定する横穴のスリットが必須。
 相部屋が好きなアカネハナゴイに個室派のデバスズメダイハシナガベラは…ミナミハコフグは…。
 お客様の要望を取り入れながら家の間取りを考えるのとそっくりです
 

退屈させない工夫

 夜、安心させるだけでなく、昼間、退屈させない工夫も重要です。
 広くて綺麗な南の海から連れてこられたのですから、せめて「ここはここで悪くないね」と思ってもらいたいものです。
 
 そこで、それぞれの「秘密基地」を利用しながら、石のレイアウトをさらに工夫します。
 回遊コースを複数想定し、くぐるところ、すり抜けるところを作ります。さらに、突っつくところ、砂を吹くところ…。寄せては返す波のようにイソギンチャクをそよがせたり…。
 水流、光の当たり方、サンゴの成長も計算に入れて石を組みます。
 
 「飼育」だけでなく「鑑賞」も大切な目的ですから、見た目にも美しく、あたかも自然による偶然の造形であるかのように…。
 まさしく建築や造園と同じ。条件が厳しいほどワクワク係数が上がります。
 

家づくりも環境づくり

 ハコフグやナマコは別として、ほとんどの魚は直接触れることができません。私にできることは、間接的に彼らの環境を整えてあげることだけです。
 でも、環境さえ良ければ、魚もサンゴも健康で生き生きとして、見た目も色鮮やかで美しいものです。石と住みかを改善したことで、魚たちの寿命は劇的に延びました。
 
 そこに住む人にとって良い環境とはどんな環境かを考え、それをどうやって作り出し、維持していくか…。
 家づくりも水槽と同じ。いゃー 勉強になります。

2015年1月29日木曜日

住まいづくりの「ワクワク係数」

 最近、あちこちで「ワクワク○○」という言葉を耳にします。今年の箱根駅伝で優勝した青山学院大学は、「ワクワク大作戦」を合言葉に走ったそうです。
 当社でも以前から、打合せの時にたびたび「ワクワク係数」という言葉が飛び出しています。例えば要件を満たす2つの案のどちらが良いか迷った奥様が、「こっちの方がワクワク係数が高いわね!」という具合です。

 今から25年前、建築の仕事を始めるにあたり、勉強のために北米、北欧を中心に、木造住宅をテーマにした世界一周旅行をしました。
F.L.ライト設計の落水荘 (ピッツバーグ近郊)
 カナダ、アメリカ、フィンランド各地で知人を頼ってのホームステイ。オレゴンでの寮生活。フランク・ロイド・ライト設計の「落水荘」をはじめとする有名建築家の作品群。緑豊かな住宅街もあれば、砂漠の中に突如出現する住宅団地もあり。北欧の野外博物館に建つ古いログハウス。注文住宅、建売住宅、中古住宅、オープンハウス‥。
A.ガウディ設計のカサミラにて (バルセロナ)

 帰国後、様々な住宅や生活の体験を振り返ってみた時、中でも思い出しただけでワクワクするような住宅には、共通した3つのキーワードがあると感じました。

1つは「環境」です。
 良い住まいは周囲の環境と良く馴染んでいました。それは、単なる意匠のテクニックではなく、設計段階において街並みや風景、歴史や気候風土、地形などからのアプローチが十分に練られている結果だと思われます。
 また、家の中も自然と触れ合うインテリアデザインとなっています。つまり、光や風との対話、人に優しく温もりを感じさせる内装素材、潤いを与えてくれる植栽、眺めのいい窓、暖炉など。室内空間を単なるハコではなく、人が暮らす環境として捉えていると感じました。
 さらに、土間やポーチ、デッキやパーゴラなど、「内」と「外」という異なる環境をつなぐ工夫のバリエーションも、ワクワク係数をグングン高めてくれます。

2つ目は「個性」です。
 印象的な家にはそこで暮らすクライアントの個性、すなわち住む人の「その人らしさ」が良く表れていました。
 それは間取り、色や形、材質やディテールなどに表れるその人の性格や好み、価値観や人生観であったり、都会的かカントリー調かといったライフスタイルであったり、さらにはアトリエや書斎、ジャクージーやガレージなどの趣味の空間であったりします。
 それも外から形だけを持って来て真似たのではなく、住む人自身の中から出てきたオリジナルであることに益々ワクワクします。

3つ目は「コミュニケーション」です。
 暖炉のあるリビングや暖かみのある照明計画。家族や友人でシェアできるアイランドキッチン、キッチンとダイニングの適度にオープンなつながり、ホームパーティーを意識した間取りなど、家庭内の「だんらん」と家庭を取り巻く人々の「もてなし」を上手に演出し、心と心が通い合う住まいも愛情ワクワクです。

 「環境」「個性」「コミュニケーション」。
 ワクワク係数の3つのキーワードは、国の内外、時代の新旧を問わずに共通した要素だと思います。私もこの体験を家づくりに生かしてきました。
 3つのキーワードを基本コンセプトに、さまざまな要望や提案を出し合って一緒にプランを練り上げていく過程は、それ自体がお客様にとっても、私たちにとっても実にワクワクする体験です。
 もちろん敷地や予算などの制約はありますが、人や自然を結び、住む人それぞれの「らしさ」を大切にして、出来るかぎり「ワクワク係数」の高い住まいづくりをこれからも続けていきたいと思っています。
AO邸(高崎市) 設計施工:中島林産(株)